第34回東京マスターズ陸上競技選手権大会 2016/08/28(日)


 東京マスターズ選手権大会。埼玉マスターズ選手権大会で痛めた右足首に少し痛みが残るがテービングして参加した。11:50 三段跳、13:00 走高跳なので、三段跳は2本跳べるかどうかと考えていた。水戸の出発はテービングの時間もあるので、10時前には着くことを考えて7時半頃出発した。

 その東京マスターズ陸上選手権大会の結果。
三段跳 M55 10.02(+1.2)2位
走高跳 M55 150 2位
右足首痛があまり良くならず、テーピングで固めた結果なので、良しとするかな?
 11:50 開始予定の三段跳が踏切板の位置で11mを作るか否かでもめた。私は9mの踏切板なのだけど・・・。その後、練習中にB組(13:00開始)の方々が来て、さらに遅れ、開始は13時近くになった。跳躍は踏切板にのらず、2回の試技は10m超えられず、要約3本目で10m越え。ちなみに、私は9mの踏切板…
 13時開始予定の走高跳は前のB組の終了が遅れ。三段跳を3本跳んだ後に行ったら、M本さんが150の最後の試技を失敗されたところ。「150に失敗し140に終わりました」と放送されたので、私と同じ10cm刻みかと思ったら、145は跳んでいたとのこと。
 さて、わたくしの参加するA組では、やはりスタッフの運営も少し遅く開始は2時過ぎ、140㎝の試技の途中でボール投げのラインを引いていました。私は右足踏切なので、影響はなかったですが、左足踏切の人は諸に助走路と被って試技に影響が出ていました。その後も競技中にテントの移動を求めたり、ボール投げのスタッフのくの運営は頂けないです。走高跳はメンタルが効く競技だとおもうので、そこら辺の配慮はしてほしかった。
 まぁ、わたくしに絵協があったといえば、近くで野外コンサート?の大音量演奏がうるさく集中できなかったこと。3000mと重なって助走路がトラックぎりぎりから始まるので、やはり気が散る。3000mって走者が長く伸びるので切れ目がなくて助走を始めるタイミングがつかみ憎く、自分のタイミングで助走を開始できない。仕方がないので、少し助走を短くした。このようになんだかんだで集中力を欠いた。
 で、私の結果は、足首痛でテーピングで固めたいたこともあり、130 ○ 140○ 150××○ まさかの関東選手権再来の記録140に陥るところだった。
 まぁ、色々手際の悪さはあるけど、賞状が出るのは早くて手際が良かったですが・・・(笑)IMGP2166

第29回 埼玉マスターズ陸上競技選手権大会 2016年8月21日


 8月21日は【第29回 埼玉マスターズ陸上競技選手権大会】だった。走幅跳の開始が9時だったので、5時30分頃出て8時前に到着、アップをした。アップはいつもの通り、(400mジョグ+ストレッチ)×2。9時前なのに、日が出ると結構暑い!!
 走幅跳の結果はM55 3位で銅メダル
   4.57(+0.8)、4.84(+0.1)、4.76(+0.5)
やはり、5mには届かなかった!!
ちなみに、4位の方も4.84(+1.1)で同記録ながら、セカンド記録が(4.56(+3.0)で私のほうが良かったので、3位となった。
 そのあと、走高跳が12:30三段跳が13:40開始だったので、しばらくスタンドで休憩しながら観戦。11時過ぎから、体を動かし、準備して走高跳に臨む!!ところが、走高跳が3時間超えの長丁場で、終了も三段跳のほうが先という、暑さも相まって過酷な競技でした。その間、私とM60のM本さん、M45のO河原さん、W40のN村さんの4人が、走高跳と三段跳の競技場所を行ったりきたり。ご苦労様でした。
 走高跳の練習が終わって、埼玉マ20160821
 走高跳 130〇
 終ったら三段跳行って 10.01m
 戻ってきて 走高跳 140〇
 三段跳に行って 10.12m
 次に走高跳 150 〇
 その後は三段跳をあきらめて
 走高跳 155××○ 160×--
155の2回目で右足首を痛めて、3回目
に辛うじて跳んだけど160の一回目を矢敗して、あとは棄権。歳なので無理はしない。
疲れもあったし!
その後、走高跳仲間のM本さんおカメラで集合写真。
自宅で体重計ったら、朝より1 kg以上減ってた。競技中1L、競技終了後2Lの水分補給(ビールでない(笑))して3kgくらい体に入れてるのに・・・3L以上汗かいたのかな?
熱中症にならなくて良かった。
因みに走高跳の賞状とメダルは出来上がりが遅く17時でも出来なかったので、貰わないで帰ってきた。するとい、後から送ってくださった。埼玉マスターズのスタッフの皆さまありがとうございます。
IMGP2164自宅着は19時!!

足首痛痛めた右足首の調子が悪いので、翌々日の火曜日に秋山整形外科へ行ってきた。丁度、三角靭帯の辺り辺りの痛みが引かない。痛みは強くは無いが、翌週の東京マスターズ陸上競技選手権大会もあるし、診てもらうことにした。
 痛みがあるのは、写真の黒丸のところ。医師の触診等で若干の腫れを確認、レントゲンで骨には異状なし、レントゲンで靭帯の部分が膨らんでいるようなので、靭帯が伸びているか、微細損傷の状態。足首を強くひねるような動作をすると少し痛む。痛みがなければ運動OK。とりあえず、低周波治療とレーザー治療をしてシップをもらった。しかし、この低周波治療とかレーザー治療って聞くのかなぁ。
 東京マスターズは痛みがなければ、テーピングして参加しようかな?

北海道最終日は千歳 サケの博物館


 8月6日に旭川から札幌入りして、昨日、北海道マスターズ選手権大会に参加してきました。その翌日8月8日は、水戸に帰るのですが、千歳空港発 茨城空港行は17:00発なので、レンタカーを15時までに返すの時間があることから、少し観光して帰ることにした。
DSC_0368 まずは、雪印メグミルク札幌工場の見学。中にカツゲン神社がある。カツゲンは北海道の子供たちには馴染みの深い乳酸菌飲料だと思います。私が子供のころは宅配牛乳が一般的でした。もちろん牛乳は雪印牛乳。そして、週に一回ほどかな?カツゲンも配達してくれていました。それが結構楽しみでした。カツゲンの由来は【活素(かつもと)→活源(かつげん)→カツゲン】で、
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青切符昭和の初めに軍が北海道製酪販売組合連合会(雪印)に、給水状態が悪い中国に駐屯している兵士用の栄養飲料として開発されたものだそうです。この雪印メグミルク酪農と乳の歴史館では工場見学もできますが、まぁ、あまり大したことはないです。ビール工場や酒蔵見学のほうが私は好きだなぁ。牛乳の工場見学はあまりないといえばないと思うけど…ともあれ、雪印工場見学の終了後には午乳の試飲とクリームチーズの試食があった。チーズはおいしかった。

 さて、そのあと、千歳さけの水族館を見学するために札幌から千歳を目指した途中で、なんていうことか、最悪。一時停止違反で青切符(涙)。北海道最終日になんてこったい(涙)!!道央道の下の道に入るところが一時停止だったらしい。全く気が付かなかった。

DSC_0372 気を取り直して千歳へ向かったが、ずぅ~っと心が晴れない!!ゴールド免許だったのにぃ~。
 そうこうしているうちに千歳に入ってサケのふるさと千歳水族館へについた。ここは、すぐ近くを流れる千歳川に生息している淡水魚を中心に展示してあり、写真のような巨大な水槽に淡水魚がこれでもかというくらい展示してあります。

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IMGP2359IMGP2360 この水族館の中では千歳川の川底のあたりから川面も見られますので、千歳川の魚をライブで見られます。10月頃には川を遡上するサケを見ることができるそうです。残念ながら、この時は少しの魚しか見ることはできませんでした。左の写真は、水族館のわきを流れている千歳川です。
 さすがに千歳空港が近いせいか自衛隊機が上空を飛んでいました。結構うるさいですね。

 

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 そして、道の駅で味噌ラーメンとミニイクラ丼を食べて、千歳空港へへ向かい今回の北海道旅行は終了です。

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第31回 北海道マスターズ選手権大会 2016年8月 7日 (日)


 さて、7/23 関東マスターズ陸上競技選手権大会、7/31千葉マスターズ陸上競技選手権大会に引き続き、毎週の三連戦の締めくくりは北海道マスターズ陸上競技選手権大会だ。北海道旅行の最後なので少し緊張感に欠けるが、気を引き締めて臨んだ。走高跳9:00、走幅跳10:00、三段跳12:30、走高跳と走幅跳の間隔が短くせわしない。
結果は、
走高跳 155cm M55 1位 (シーズンタイ)
 130○ 140○ 150×○ 155×○ 160×××
走高跳 160cm跳びたいなぁ。なんか、跳べそうな感じがするのだけど、もう少し内傾を強くするべきか?助走速度を上げるべきか?
走幅跳 4.60m M55 1位
 第48回 茨城マスターズ陸上競技記録会 の4.37mに次ぐ、記録の悪さ。体が上がらない。走高跳でばねを使いすぎたかなぁ。
  予選3本、決勝1本あるの知らなくて、予選3本跳んで終わってしまった。
三段跳 9.93m M55 1位 (シーズンワースト)
 一本も10m超えられなかった。こちらは、幅跳びの後で4本跳べたのだけど、そのうち2本は踏切でファールだと思い、最後まで跳ばなかったのがいけない。しっかり最後まで飛ばなくては…。幅跳びでも、ファールだと思った試技がファールでなかった。どうも、踏切版が緩い感じで、踏み切る瞬間に傾いているような気がしてファールと思ってしまったみたいだ。
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順位は一応すべて一位で、三冠王!!
 それから、東高陸上部時代の顧問の簔島先生にあった。お元気そうで何よりだった。連絡先も聞いたのでゆっくり話をしたいなぁ。

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赤毛のアンの世界と19世紀のカナダの街並みを再現したカナディアンワールド公園


IMGP2317 この日、8月6日(土)は、旭川を発って、札幌へ向かう。明日8月7日は北海道マスターズ陸上競技選手権大会だ。旭川から札幌へ向かうのには通常は道央自動車道を利用するのだが、深川ライスパークで釜めしを昼食にとろうということで、R12号を深川へ向かう。まだ早いので、深川の南の芦別のカナディアンワールド公園に寄った。
 ここは「カナダの女流作家ルーシィ・モンゴメリ(1874~1942)によって、1908年に発表された赤毛のアンの世界と19世紀のカナダの街並みを再IMGP2321現した公園」だそうです。ちょうど訪れた8月6~7日まで赤毛のアン祭りが開催されていました。しかし、それにしては閑散としていて寂しい感じです。中央部に池があり、その東岸にいくつかのテナントが出店されていましたが、閉店されているところも多々ありました。これらのテナントは基本的に土日休日のみ営業しているようです。平日にはもっと閑散としていることでしょう。
 園内の高い丘の上から池を眺めると下のように見えます。
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 このカナディアンワールドでは赤毛のアンの世界で出てくる建物がいろいろと再現されています。下の写真はアンの教会で、以前はこの教会で結婚式を挙げられたようで、教会の前には“手形のレリーフ”が通路の両脇を飾っています。
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 そして、アンの通っていた学校「オーウェールスクール」。一つの教室で、全ての学年が学んでいました。毎日学校まで通う道を「恋人の小道」と名づけ、ギルバートと出会ったのも、学校です。
 それを過ぎると左の写真のようにアンの親友・ダイアナの家「オーチャードスロープ」があります。その向かい側には、真ん中の写真にみられるアンの家「グリーンゲイブルズ」があります。当時の生活道具もそのままに展示されています。そして、下っていくとマリラの友人でキルト作りの名手、リンド婦人の家があります。
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中には1時間ほどいましたが、他の客は2~3組しかいませんでした。あとは、広報用の写真を撮影しているカメラマンと助手。ちょっと寂しく、深川へ向かいライスパークふかがわで食事をして札幌へ向かいました。

北西の丘展望公園とぜるぶの丘・亜土夢の丘


 ケントメリーの木とセブンスターの木を出た後は美瑛の北西の丘展望公園へ行きました。ここのピラミッド型の展望台からは美瑛の丘陵地帯の全景や十勝岳連峰が一望できます。
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上の写真はここから大雪山を一望した風景です。旭川空港へ向けて飛行機が下りてきました。写真の左方向が旭川です。

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これが北西の丘展望公園の展望台です。
IMGP2302 そのあとは、ぜるぶの丘・亜土夢の丘です。ここもラベンダー・ひまわりなどの花畑を眺めることができます。ぜるぶとはかおあその各後ろの三文字をとって名付けたそうです。「さわやかな風薫る丘でみんなで楽しく遊ぶ」をテーマに、展望台からはケンとメリーの木が眺めることができ、バギー・カートで園内を周ることもできます。

これで、8月5日の美瑛・富良野巡りは終わり。明日は旭川を出て札幌に向かう!!その途中で赤毛のアンの世界と19世紀のカナダの街並みを再現したカナディアンワールド公園に寄った。

ケンとメリーの木、セブンスターの木


皆さんはケンとメリーの木っていうのをご存じですか?
1972~1977年まで発売されていた日産の4代目スカイライン、ケンとメリーンのスカイラインいわゆるケンメリの【地図のない旅編】というCMで使われた美瑛の丘に立つ1本の大きなポプラの木なのです。CMの放送の後、この木は観光名所となって「ケンとメリーの木」と名付けられたそうです。
四季彩の丘を出たあとは、このケンとメリーの木とセブンスターの木を見に行きました。どちらも観光客が大勢で、人のいない隙間を狙って撮影するのが大変でした。
撮影スポットには、名称の由来など説明が書かれた看板がありますが、この木は、一般個人の敷地内にあるので、マナーを守って撮影しましょう。
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写真の右奥に見えるのは北海道の山大雪山連峰です。北海道で一番高い山である旭岳を含みます。

IMGP2266 このケンとメリーの木から少し北に行くと、今度はセブンスターの木があります。これは柏の木です。この木は昔は「北瑛の一本木」と呼ばれていたそうです。1976年にタバコのセブンスターのパッケージに採用された事から、セブンスターの木と呼ばれるようになったそうです。

このあとは、北西の丘展望公園とぜるぶの丘・亜土夢の丘に行きました。

四季彩の丘


さて、ファーム富田から、麦わらロールを堪能したあと、本来の目的地の四季彩の丘へ着きました。この「展望花畑 四季彩の丘」は、『丘のまち びえい』に15haの広さのある展望が素晴らしい丘で、春から秋まで、数十種類の草花が咲いています。IMGP2210
上の写真のように丘から十勝岳をバックに花畑が望めます。
中にはノロッコと呼ばれるトラクターバスやカートで園内をめぐることもできます。その他にバギー乗り場やアルパカ牧場などもあります。

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こちらも十勝岳を望む風景。

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丘の下から上を望む風景。ラベンダー畑もあります。
このあとは、ケンとメリーの木・セブンスターの木へ向かう。

麦わらロール(麦藁ロール、麦稈ロール)


麦わらロールMAP 中富良野のファーム富田から美瑛の四季彩の丘に戻る途中、中富良野から上富良野を越え、ちょうど美瑛に入る途中、国道237号線から少し東に入ったところで麦わらロールを見かけました。
この麦わらロールは、牛の餌になる「牧草ロール」とよく間違われるそうですが、美瑛町は牧草地は少なく大半は麦畑で、麦の穂を刈り取った後の藁(わら)で作られた「麦わらロール」だそうです。この出来上がったロールは酪農家の方が購入し牧場へ運ばれた後、牛の寝わら(ベッド)になるということです。そして農家の方々は酪農家の方から堆肥を受け取えうのだそうです。

 

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そして、目的の四季彩の丘へ。

ファーム富田


IMGP2129 北海道旅行での青い池の次は美瑛から脚を延ばして中富良野のファーム富田へ行きました。今では、ラベンダー畑で有名になっていますが、昭和12年に中富良野で始まり、日本全国に広がったラベンダー栽培は昭和47年ごろには採算割れで、ラベンダー栽培農家は富良野地方のみになったそうです。その後少数のラベンダー農家がラベンダーと稲作の兼作で細々と生計を立てていたところ、昭和51年の国鉄(JR)のカレンダーでラベンダー畑が紹介されて以来、観光客が訪れるようになったようです。
その中でも、ここファーム富田は実際に自家製でラベンダー香料製品を作成し、それとともに観光ラベンダー農園をい開園しています。中富良野のラベンダー農園としては、いち早く有名になったところです。ここ以外にも、多くの観光ラベンダー農園があります。

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ここファーム富田には、ラベンダー以外の多くの花々が観光農園として植えられていますので、ラベンダーの旬の7月~8月上旬以外にも4月から10月までいろいろな花々を楽しむことができます。

そしてファーム富田から四季彩の丘へ向かう途中にわらを丸めたものを見かけました。麦藁ロールとか麦稈ロールといわれるものです。